24.小さな恋のメロディー













どこまでも白く、冷たく、透明な雪が降りしきる街角。
まだ日も明るいというのに、どんよりよした雪雲に覆われた空は
まるで僕の心を表すかのように薄暗い光を放つ。


街に流れる音楽はどこか物悲しくて、
それが僕の心をより一層重苦しくさせた。



「……はぁ……」



今日何度目かの溜息をつくと、
日頃他人の事など気にしない同行者が、嫌そうな顔をして
小さく舌打ちをする。



「……ったく……お前、何が気に入らなくて、朝からそんな顔してる?」
「神田? ……もしかして、僕のこと心配してくれてますか?」
「うるせぇ……俺は単に、隣で溜息ばかりされるのが気に入らねぇんだ。
 ただでさえ天気が悪くて気分が冴えねぇのに、
 お前がウジウジしてると、こっちまで気分が悪い」



文句とも心配とも取れる言葉に、
単純な僕は一気に元気を取り戻す。
それが他ならぬ誰の言葉でもなく、神田の言葉だったから
尚更なわけで……



「……えへへ……」
「なんだ? 気持ちワリィ……」
「キミが僕のことを気にしてくれると思うだけで、なんか嬉しいです。
 ただ僕は雪がちょっと苦手で……」
「雪が……苦手……?」



神田は不可解そうな顔をして、黙って僕を見つめる。



「僕が……養父に拾われた日も、こんな雪が降ってたそうです。
 そして、僕が初めて千年伯爵に会った日も、こんな雪だったんですよ……」
「…………」



その言葉で何かを察してくれたのか、
神田はそれ以上何も言わずに、またゆっくりと足を動かしだした。
たださっきより心なしか歩みが遅い。
それが僕を気遣ってのことだと思うと、
それだけで何となく救われたような気がした。



「……あ……!」



ふと、小さな雑貨屋の店先に、綺麗な銀細工のオルゴールを見つけて声をだす。
それが昔欲しかったモノに似ていたからだ。



「……どうした?」
「コレ、このオルゴール……
 昔欲しくて、マナにねだった事があるんです。
 ……もちろん、軽く却下でしたけど……
 なんか、懐かしいなぁ……」



瞳を輝かせてそのオルゴールを眺める。
巧妙な細工が施されたそれは、あからさまに高価な物と解かったが、
そこから流れる素朴なメロディーが何とも言えず心に響いて、
思わずその場所に釘付けにされてしまっていた。



「……なんか、この曲……懐かしいなぁ……」



ぽそり呟き、思わず感慨にふけっていると、
店主が愛想のいい笑顔を僕に向けて、
深々とお辞儀をしてみせた。



「……あ……あのっ……」



銀のオルゴールを買うほどのお金など持ち合わせていない僕は、
一瞬焦って両手を上げ、客ではないというポーズをとろうとした。
すると……



「本当にお客様はお目が高い。
 これはアンティークの一点モノで、凄く腕のいい職人が仕上たものです。
 持ち主の貴方様に、きっと幸福をもたらしてくださいます……」



そう言って、丁寧にオルゴールを紙に包み出した。



「……え……?!
 ……ちょ、ちょっと待って……! 僕はまだっ……」
「御代は、お連れの方に先ほど頂きましたので……」
「……へっ……?」



さしずめ、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔でもしていたのだろう。
呆けた僕の頭を、店の中から現れた神田がぽんと軽く叩く。



「寒空の中をいつまでも小僧みたいに突っ立ってんじゃねぇよ……」
「……か、神田っ!……もしかして、神田が……これ……?」
「欲しかったんだろ?」
「はっ、はいっ!」
「じゃあ、いいじゃねぇか……」
「で……でもっ……」
「つべこべ言うんじゃねぇ。
 お前の大好きな養父にも出来なかったことを、俺がしてみたかっただけだ」
「……え……?」



心なしか、あの神田が照れたように見えた。
でも、それ以上に神田の気持ちが嬉しくて、
僕はオルゴールの包みを店主から受け取ると、
嬉しさのあまり彼の腕にしがみついた。



「お、お前っ……往来で何してやがる!」



人前で腕を組まれて、あからさまに顔を赤らめ怒鳴る神田に
僕はこう呟いた。



「だって、僕、寒いの苦手なんです。
 こうしたほうが暖ったかいし、僕にウジウジされるの、嫌いなんですよね?
 だったら、宿までこうしてましょ?」
「……ったく……しょうがねぇ奴だな……」



腕から伝わる暖かさも、彼の心の温もりも、
今の僕を暖めるには充分すぎるもので……
普段ぶっきらぼうな神田を好きになった自分も、
まんざら棄てたものでもないなどと、つい自負してしまう。



胸に抱えたオルゴールからは、
小さな恋のメロディーが、
二人を祝福するかのように、いつまでも奏でられていた。












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